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昔の広電バス(その2)

長らく中断していた企画だが、結局前回の補足になってしまった。
昔の広電バス(その1)

まず戸山車庫の駐在車。
先ごろ廃車となったLVは、これの代替で導入された。サブエンジン冷房のダクトが元々ピラーの太い戸袋窓の前にあるため、すっきりした窓配置となっている。
C8507_81668
26025 広島22く いすゞBU10?(1985年撮影)

次は、アストラムライン開業直前の高取車庫。右上のBUは、上記戸山のBUに窓配置がそっくりだが、こちらは直結冷房。
R948c_33dr1540

手前から各車両(1994年撮影)
26639 P-LV218M
26046 BU
10K?BU20K
23637  広島22く1631 K-RC321P

戸山の写真はネガフィルムでお馴染みの黄土色の点変色(ネガ上では濃紺)が見られたが、レタッチソフトで強制的に色置換して補正している。元々、諧調の良好な写真だったこともあって、28年前と思えない出来栄えとなった。

高取車庫の写真はコダクロームで、空に偽色が出そうだったので彩度は上げていない。この程度の年数では退色は認められず、暗く逆光気味だったので諧調は浅いが昨日デジカメで撮ったような感じである。よく見ると車体の緑色の微妙なムラが表現されているのが面白い。

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コメント

今のガストではないですか…アストラムラインも出来たてなだけあって、周りもちょっとスッキリしていますね。

この高取車庫も、後には沼田営業所に統合されてしまいました…その沼田営業所も、今はセブンイレブンに化けている、というのは、ちょっとショックですね…

せめて高取車庫をこの目で見たかったな…でも、(すごく)懐かしい車両がいっぱいで良いですね。雰囲気は違いますが、最晩年の沼田営業所を思い出してしまいます。

投稿: | 2014年2月11日 (火) 15時23分

ms735sさん、引き続きですが
高取はやっぱりBU20Kでしたか。広電BUの15サイズ一般路線車は確か全焼した1台のみで、戸山のBU10と窓配置がまったく同じなので10サイズかと思ったのですが、扉・窓を均等に引き伸ばしているんでしょう。
この頃は団地線が急成長したため団地仕様のグループが形成され、板バネ、セミハイバックシートの郊外線車両が居て、乗った時はちょっとがっかりでした。
そういえば、今、団地が抱える種々の問題が顕在化しており、検討委員会が作られたり、中国新聞で特集されましたね。ただ、限界集落的な課題に力点が置かれ、ある程度路線バスが確保されている団地(人口比で2/3程度か)の利便性の向上策とか、アストラム開業により見捨てられた安川流域団地の歴史的経緯は触れられず、学者の興味、行政の思惑、代表的立場の地域住民の無関心などのバイアスが残ってるなぁと感じているところです。

投稿: のんた | 2013年6月23日 (日) 08時01分

のんたろう様、戸山や高取は地元なのに全然記録していません(汗・・)。貴重な写真ありがとうございます。戸山車庫の車両は昭和52年式のBU10で間違いありません。なにしろ私がバスジャパン誌に刺激され車両型式に興味を持ったころ、いつも通学で乗っていて銘板確認していましたから。広電さんのいすゞは昭和53年式から直結クーラーかつハイパワーのK付きになり方向幕拡大、ハイバックシート化(青帯は以前から)など変化しました。高取車庫で写っているのは少し長いのでBU20Kかな?

投稿: ms735s | 2013年6月18日 (火) 10時18分

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