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三江線増便社会実験

昨年10月1日~12月31日にJR三江線の増便による効果を確認するため、鉄道の代わりにバスを増便する形で社会実験が行われた。

12月1日からは、バス6便の追加増便が行われ、三江線沿線に宿泊しなくても広島・島根の県境区間のバス乗車が可能となったことから、年末に出かけてみた。

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浜原駅に待機する増便バス

 

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三次駅を9時57分に出発 。停車中のディーゼルカーは、広島支社の芸備線・福塩線用で、 三江線用とは別物である。
1両編成の座席がほぼ埋まる程度の乗客数だが、利用客は年末年始休暇ということもあって地元客はほとんどおらず、大部分は三江線の乗車が目的に見える。
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増便バスへの乗車が目的なので竹駅で下車して列車を見送り、江津発の増便バスで浜原へ戻る。
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竹駅の正月飾り
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おそらく三江線の全駅に神楽のパネルが置かれている。 三江線に張り付いた唯一の観光資源である。駅名の代わりに演目が書かれており、他所からの来客にとっては紛らわしい。
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バスは広島支店の担当だったが、最近まで山口の防長線で使用されていた車両。
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中国JRバス334-6951 広島200か1629
 
年末なので粕淵駅付近なら営業している店もあるが、浜原には無い。
浜原駅前に石見交通バスが停車。この地域で路線バスに遭遇するのは珍しい。
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酒谷発大田市バスセンター行
 
浜原発13時ちょうどの口羽行きに乗車。12月からの増便で、貴重な県境越え便だが、他にお客は居なかった。
最近ライトアップで有名になった宇都井駅で時間調整。非バリヤフリー駅の象徴である階段は、吹きさらしのテラスや階段のレイアウトでエレベーターの無い中層アパートの階段室に近い。あと30年存続できれば、登録有形文化財になれるかもしれない。
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芸備観光 浜原発口羽行(宇都井駅にて)
 
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芸備観光 浜原発口羽行(口羽駅にて)
はすみリゾートセンター(市民会館のような施設)の広場で昼休憩。
暮れも押し迫った12月30日だったが、センター前の雑貨店で食料・飲物を調達できた。
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左右対称の端正な表情を見せる口羽駅の待合室。
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地元の方々に綺麗に管理され、三江線利用促進のポスターが大量に貼られているが...
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そのポスターというのがこれ。怖すぎる...
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口羽駅近くに、「三江線全線開通記念碑」の広島県版が建っていた。駅から少し離れているので、浜原駅前の同碑島根県版と比べて、知名度は低いと思う。
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1日1往復の口羽折り返し列車で三次へ戻った。
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増便バスの停留所の状況を補足する。
材木など使った簡素なものだが、すべてピカピカの新調品だった。
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現地で聞いた話では、休日は予想外に観光客が多かったそうだ。地元では、三江線の利用促進のため様々なイベントに取り組んでいる。その成果が現れたかもしれず、これはもっとPRして市場開拓すればいけそうだ、と三江線のバラ色の未来が浮かんだ。
で、何を目当てに訪れた観光客なのか尋ねてみると、大半は三江線の乗車が目的の「乗り鉄」だったそうである。「こりゃ、どうにもならんぞ」と頭の中で呟いてしまった。
沿線にはメジャーな観光資源が無い。世界遺産の石見銀山は距離が離れすぎ、三瓶山・三瓶温泉が辛うじて沿線と言えるポジションにあるにすぎない。
地元の方には申し訳ないが県レベルのマイナー観光地ばかりで集客力が小さく、三瓶温泉なども含め観光地の大部分は三江線の駅から遠く離れ、徒歩によるアクセスは困難である。
結局、バスに乗り換えることになると、三次を基点とする三江線の平面線形が災いする。新幹線駅があって直近の百万都市である広島市からの鉄道アクセスが悪い。JR芸備線で三次に到達するより、バスなどで三江線の沿線に直接到達する方が早く、三江線を幹線としバス等によってフィーダーを構成するネットワークは組めない。
 
JR西日本は三江線廃止の提案は行っていないが、会社の方針として極端に利用客の少ない区間はバス転換すると明言している。現時点では特に三次~浜原間で国道375号(あるいはその旧道)の改良が遅れており、国鉄ローカル線の廃止の除外理由となった「道路未整備」が暗黙のうちに踏襲されていることから、当面は三江線の廃止・バス転換は無いものと思われる。
 
今回のバスによる増便社会実験は、この時期に、なぜ実現したのだろうか。
地元自治体としては、三江線の減便ごとに反対を表明していたことから、増便による利用客の増加の根拠づけを意図したように思える。現状は、通勤に使うには列車本数が余りに少なく、利用促進の掛け声が空しく響くだけだった。ただ、増便社会実験の期間中に三江線を新たに通勤利用したのは勤務時間の比較的安定した役場の職員ばかりで、民間の組織的な通勤利用は聞こえてこない。
JR西日本としては、増便しても客が増えないことの証明、バス転換に向けての課題把握といったことが思いつく。
お互いの思惑の一致点が、今回の社会実験といったところか。
 
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萌えキャラの名前は石見みえ(三江)
 

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コメント

>のんた様

そうです。粕淵に移動しそこのポプラで昼食を調達しました。
因みに残念ながら周辺の人影はまばらでした。
昔は町の中心部で年末年始となればごった返していたのかなと思うと、寂しいです。

山陰豪雨の件は山陰中央日報にもWEB記事でコラムが載る等、今も歴史が刻まれていますがそもそもこの地域と言うのは突発的な豪雨に見舞われやすく、雨量が全体的に少ない割には地盤が安定しない地域でもあります。
三江線が単に廃止にできない理由は恐らく冬場の足の関係があるものと考えられます。国道375号は54号に比べればまだ暖地ですが、それでも雪が酷い時は積もりますから結局バスの足では大雪が降ると学校はあっけなく休校にせざる負えない等問題があるのでしょう。

投稿: 流線形隊員 | 2013年10月27日 (日) 00時15分

返事が遅れましてすいません。
同じ日のようですね。そう言えば、石見交通に乗車された方がおられました。

粕淵で買出しされたのでしょうか。店や郵便局もあり、私もこちらで下車したかったところです。
石見川本で昼1時間以上の停車があって乗り潰しには無駄に思えましたが、これを逆手にとって食事・観光タイムとして売り込んでいたとか。
同様に、何も無い浜原より粕淵の方を列車運行の分割点にした方が良いかもしれませんが、不便になる方もおられ、町営バスなどでのフォローが必要でしょう。

今、三江線は水害で部分運休中で、復旧まで相当かかるようです。
山陰西部というのは、日本海で発達した雨雲が山地にあたって昭和58年豪雨のような記録的な大雨になりやすい所です。日本全体の気候変動の影響もあって、急斜面の下を走る三江線はどこかが被災してその都度、運休・復旧の繰り返しとなりかねず、実際平成18年の災害から7年しか経っていません。
存続方針を根本的に見直す時期が来るかもしれないと思っています。

投稿: のんた | 2013年9月21日 (土) 10時25分

こちらでは初めまして。
撮影日って、もしかして2012年12月30日ですか?
浜原駅舎の写真にニット帽を着た人影がありますが、それ私です(^^;)。
大田市バスセンター行きに慌てて乗車してたのも私です(^^;)。(時間があり昼食を調達したかったので)。

因みに私はあのあと島根200か・511(→広島200か17-37)の車両で江津に向かって行きました。

投稿: 流線形隊員 | 2013年9月 2日 (月) 01時57分

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